藤田 嗣治 Tsuguharu Fujita
藤田 嗣治 (ふじた つぐはる) Leonard Foujita 1886~1968
1886年 11月27日,東京府牛込区(現在の東京都新宿区)に生まれる
1905年 東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)西洋画科に入学。当時の主任教授は黒田清輝
1913年 6月,父と3年間の約束で単身フランス留学に旅立つ
1919年 サロン・ドートンヌに出品し全作品入選,会員に推挙される
1921年 サロン・ドートンヌの審査員に挙げられる
1925年 フランスからレジョン・ドヌール勲章,ベルギーからレオポルド一世勲章を受章
1929年 ユキと共に17年ぶりに日本帰国。東京朝日新聞社と日本橋三越で個展を開催
1941年 帝国芸術院会員になる
1943年 朝日文化賞受賞。 戦争画も描いたが,戦後は複雑な日本画壇と離別
1945年 疎開先の神奈川県小渕村で終戦を迎える
1948年 中央公職適否審査委員会の発表により戦犯容疑を晴らす。第4回日展審査委員。近代日本美術総合展に出品
1949年 渡米の後,パリに戻る
1951年 「我が室内」「アコーデオンのある静物」代表作をパリ国立近代美術館に寄贈
1955年 フランス国籍を取得。5月,日本国籍を抹消し,日本芸術院会員を辞退する。69歳
1957年 レジオン・ドヌール勲章受章
1959年 君代夫人と共にカトリックの洗礼を受ける。洗礼名レオナール
1966年 ランスのノートルダム・ド・ラ・ペ・フジタ礼拝堂を自ら建設
1968年 1月29日,チューリッヒ州立病院で死去。享年81歳
日本政府より勲一等瑞宝章が授与される
- プロフィール