創業35年 美術品販売 ギャラリー田辺|作品|足立 源一郎 「奥穂高とジャン」 Genichiro Adachi

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足立 源一郎 「奥穂高とジャン」 Genichiro Adachi

  • 管理No.
    ※Sold※
  • 作家名
    足立 源一郎 (Genichiro Adachi)
  • 作品名
    奥穂高 (Mt.Okuhodaka)
  • 年 代
  • 技 法
    油彩 (oil on canvas)
  • サイズ
    8号 (F8)
  • レゾネ
  • 体 裁
    額装
  • 備 考
    ※売約済※ サイン/裏書
  • この作品は売約済みまたは販売済みです。
    • 足立 源一郎 (あだち げんいちろう) 1889~1973

      大阪,船場に生まれ京都市立絵画工芸専門学校(現京都市立芸術大学)に学ぶかたわら
      浅井忠の関西美術院にも通う。
      大正時代2度にわたり延べ7年間,パリで画業の基礎を固める。
      帰国後,日本美術院の同人に推挙される。
      小杉未醒,岸田劉生,木村壮八らと春陽会を結成。石井鶴三,丸山晩霞らと日本山岳協会を創立。
      羽仁もと子主催の自由学園の校風に共鳴して教鞭をとり,山本鼎の農民美術運動にも協力した。
      「ドオミエ」「クロード・モネを訪う」などの翻訳をはじめ「山に描く」「山は屋上より」「山の写生」などの名著も多く,
      近代美術紹介の文筆家として先駆的な業績を残し,第一回国民体育大会のポスター,日本山岳会の略章も描いた。
      山岳画の先駆者として知られ,滞欧時代はヨーロッパアルプスを,晩年は一年の大半を北アルプス山中で過ごし,
      数々の名作を残した。

      1889年 大阪市に生まれる

      1905年 京都市立美術工芸学校に入学

      1906年 関西美術院が開設されるとそちらにも通う

      1908年 上京して太平洋画会研究所に学び,自馬会研究所や東京美術学校にも通う

      1914年 渡仏

      1918年 ロンドンを経由して帰国 / ロンドンでは松方コレクションの収集に尽力した帰国後,院展洋画部同人となる

      1922年 小杉未醒、岸田劉生、木村荘八らと共に春陽会の創立 / 以後同会に出品

      1923年 再び渡仏し1926年まで滞在

      1936年 日本山岳画協会を創立

      1938~44年まで度々中国,朝鮮半島に写生旅行をする

      1973年 逝去

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